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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2017/04/28

SMAPがいた時代。

SMAP
がこの世に存在しなくなって、5か月…になります。

9900_2


私、2008年末に引っ越すとき、SMAPのもの、あらかた売ってしまったんです。

2000年の引っ越しの時は売らなかったのに2008年には売ったのは、
「SMAPがなくなることなんてない」とタカをくくっていたからでした。
それならもう見直すこともない古いCDやDVDは売ってしまおう。
だってこの先も一生続くのに、キリがないから、と。


まさかこんなことになるとは…。





みどろ、SMAPとは同世代です。
彼らがメジャーでも広く認知されるようになったころ、私も大学を卒業し、社会人生活をスタートさせました。
SMAP×SMAPが始まったのはその翌年。
だから、彼らは言ってしまえば同世代の雄。
勝手にも「俺たちのSMAP」でした。
中居くんと木村なんて勝手に同級生だと思ってるからさ。





:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+



このまま終わらなければいい。
歌が続いている間は、まだSMAPなのだから。
この曲が。永遠に終わらなければいい。


SMAP×SMAP最終回のラストステージ、ラララ、ラララ~♪と繰り返す曲のラスト、
初めて私はそう思いました。

もうTVで見られなくてもいい。活動がなくてもいい。
「解散」でさえなければそれでいい。
SMAPを。
やめないでほしかったんだ私は、本当は。
はじめて自分の中にそんな気持ちがあったことに気付きました。


2016年1月の謝罪会見は本当に醜いものでした。
「辞めちまえ、辞めちまえこんなSMAP
と思ってしまった。わたしは。
それは事務所への復讐の意味としても。

彼らに解散する自由を。
もう彼らを自由にしてあげればいい。
あそこまでやってきた人間に対して、あんな仕打ちをした事務所に一矢報いるとしたら、
解散しかない。
そう思っていた。
だからその年夏の解散発表も、「そりゃそーだよね」というカタルシスがあったくらいだった。
ショックはショックだったけれど。

なのに。
こんなにも自分はSMAPを愛していたと、思い知らされたSMAP×SMAP最終回でした。



:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+



本当に昔のことだけど、森くんが脱退するというニュースは、当時、一般紙やニュースも取り上げるほど日本中を駆け巡りました。
今でさえすぐに引退する芸能人は多いですけど、当時は、人気がなくなったわけでもないのに、自らの意思で若くして芸能界を引退する男性という事例は皆無に等しく、先鞭をつけたのは森くんと言っても過言ではないほどなんです。

聞いたことない。
ほんと、聞いたことない話だったわけです。
当時のSMAPは、今まさに天下を獲ろうとしているグループだったのだから。

当時TVを見ていたら、存命だったキャスターの筑紫哲也氏が、一通りの報道を振り返った後、こうコメントしました。
「だって。このグループは、そういうところが人気なんでしょ?」と。

9903


SMAPは6人なんだから、森くんはいた方がよかった。もちろん。
歌もダンスも、当時は森くんが基軸だったし。
それでも脱退を選ぶ森くんがいて、乗り越えたのがSMAP。

同様に。
SMAPは解散しないほうがいいにきまってた。
だけど。
それでも解散してしまうのがSMAP。
そこがSMAPらしさの真髄なのだから、しかたがない。
解散を選ぶようなSMAPを、私は愛してきたのだから。





SMAPがいない時代を、
私はこれから生きていかなくてはいけません。
SMAPですら壊れてしまう時代を。
同世代の雄を欠いたまま。


わたしたちはもう再び、5人や6人のSMAPを目にすることはないでしょう。
休業ではなく解散なんだから。

もしあるとすれば、中居くんが新しい枠組みを築いて、
版権から、「SMAP」の商標から、枠組みから、一切合切を買い戻して再始動する、
そしてそこに木村拓哉を迎え入れるという道しかない。
果たして、独立に対して最初は態度保留だったとも伝わる中居くんが、そこまで仕掛ける気力が残っているのか、
果たして、一度こじれた木村がそこに合流できるのか。
そもそもそれが本当に可能なのか。
重く厚いハードルが何重にも立ちはだかる。

これはもう無理だと思うのが常識的判断。
でも数々のハードルをなぎ倒してきたSMAPなら、もしかして可能にするんじゃないのかと、
夢を見させてくれるのもSMAPのもつ力。


そんな風に。
これからも。
彼らが個々人で活躍する限り、わたしはきっとSMAPの夢を抱く。
「無駄なことを、一緒にしようよ。」
「あの頃の僕らを、思い出せ出せもったいぶんな」と。


だけどやらないならやらないで、それもSMAPだなとは思う(笑)
そういうところが人気」のグループ。


SMAPと時を同じくして社会に出た私は、
もう、社会人としてもズブズブにいい歳だ。
でもまだ、日々結構迷う。上の人にも下の世代にも。

もしかして彼らも、同じところにいるだろうか。




5年後、10年後、20年後も、私は時々思い出すであろう。
SMAPがいた、自分の現役時代を。
そして自問するだろう。
「あれから、僕たちは、何かを信じてこれたかな」と。


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2016/04/11

ピョンチャン五輪 入場券価格

…止まりすぎですよね さーせん。

今年初投稿だ(笑)
ピョンチャン五輪のチケット価格が出たので、そちらのニュースを。
NAVERでも引用されていますが、こちらが本記事のよう。


このページの上から2つ目の表にフィギュアの価格があります。

Pyonchan

(↑クリックすると大きく表示されます。)
意外と安いよね。思っていたよりは、ですが。
フィギュアは、カテゴリーによって金額は変わらないってことなんですよね。



他の競技の価格を知りたいかたもいらっしゃると思うんで、
第1表上から順に以下の競技の価格になっています。


(第1表)
開会式
閉会式
アルペンスキー
 滑降
 その他
クロスカントリー
スキージャンプ
 予選
 決勝
ノルディック複合
フリースタイルスキー
 予選
 決勝
スノーボード
 予選
 決勝


(第2表)
上の図の通り


(第3表)
ショートトラック
アイスホッケー(男)
 予選/プレーオフ
 8強
 4強/3-4位戦
 決勝
アイスホッケー(女)
 予選/順位決定戦
 8強
 4強/3-4位戦
 決勝
カーリング
 予選
 準決勝
 3・4位戦
 決勝
 タイブレーク



こんな感じです。

2015/11/30

NHK杯の思い出

エリボンのショートもロステレコムもまだですが、このタイミングで上げるのもナンなんですので、NHK杯からいきますか。

羽生さんね…、羽生さん…。そろそろ黙ってほしいなあw
\(・_\)それは(/_・)/おいといて




NHK杯ってのは、日本のフィギュア界において欠かせない一大イベントです。
試合であるけど、もう、重要な「イベント」です。




そんな、NHK杯の歴史を網羅したムックが発売されました。

今回の長野のNHK杯でも先行発売されたそうなので、お見かけしたかたはいるかもしれません。

日本のフィギュアスケートの歩みをすべて経験してきたNHK杯。

地元の子たちはこの試合のフラワーガールをやれることを名誉とし、その中から未来のチャンピオンたちも生まれてきたという伝統の試合。

日本にとって。そして私たちにとっても、特別で、欠くことのできない試合です。



みどろは割と古い資料をとっておいているタチなんですが、そもそも大昔、日本のフィギュアスケートをどう発展させていけばいいか、先人たちが知恵を絞り出し、交渉に力を使って、「日ソフィギュア」という営みがあったらしいということを、古い資料で読んでいました。

当時のフィギュアスケート界を牽引するソ連に教えを乞うべく、そして日本でフィギュアスケートをやっている子どもたちに「本物」を見せるべく、ソ連の優秀な選手たちを招待して行うイベントだったようです。

当時選手だった人々が口々に吐露しています。
「当時はペアのリフトなんて、どうやるのか誰も知らなかった。写真で見て真似してやっていた」
「世界選手権やオリンピックに出て初めて、外国の選手たちの演技を生で見た」



この試みを経て、日本スケート連盟創立50周年記念事業の1つとして、国営放送NHKの力も借りつつスタートしたものが、現状我々が目にしているNHK杯の原点です。
(第3章「NHK杯・37年間のあゆみ」より)



みどろは89年、伊藤みどりの世界選手権優勝をきっかけにどっぷりとフィギュアスケートにハマったクチです。

それ以前からも目にしてはいたけれど、結局は、ココがスタートだったと今振り返っても思います。
「生で見たい!」と見に行った初めての試合が、'92年年第14回大会、代々木でのNHK杯でした。
みどりさんはアルベールビル後、現役引退を表明していましたので、この試合に出ることがないのは知っていました。
だけどアルベールビルで見た煌くような選手たち、デイヴィット・リュウやウソワ&ズーリン、ブラスール&アイスラー、そしてこれからの日本フィギュアを背負っていく選手たちを見られる期待感、何よりフィギュアスケートを生で見られるという興奮を、今も昨日のことのように思い出すことができます。


当時みどろは大学生でしたから、1日1万円以上はするチケットを、3~4日入手するというのは非常に勇気のいる行為でした(チケット獲り自体は簡単でした)。
当時学生でも作れたのはマルイのクレジットカードぐらいだったので分割支払いにして、でもできない購入方法もありましたので、それは貯金を下ろして、手が震えるような気持ちで入手したチケットでした。
(92年と言ったらバブル崩壊年、でも一般人の肌感覚としてはまだバブルただ中でした。その時代にあってさえ、芝居のチケットは3000円代、アイドルや一流アーティストのチケットですら5~6000円くらいというのが相場でした。)
全然関係ないのに、毎日とっておきの勝負服を着て代々木に日参したのを覚えています。


「まさか」と思いつつも、伊藤みどりさんが場内の関係者席で実況をしているのがわかり、ただそれだけで、伊藤みどりと同じ場にいて同じ空気を吸っているというだけで、もう死んでもいいと思うくらいの感激に身が震えていました。

製氷中のある瞬間、周囲の人たちが懸命に手を振っている場面に出くわしました。
見ると、関係者席の伊藤みどりさんに気付いてほしいと、腕が引きちぎれんばかりにみどりさんに手を振っているのです。
気づいたみどろも、慌てて一緒に手を振りました。
「みどりちゃん!」「みどりちゃん!」
会えて嬉しい。思わず声も出ていたかもしれません。
ずっとご自分の席で持ち物を整理したり、席の周りを片づけたりしていたみどりさんが、ふと、周囲に目をくれた瞬間、私たちに気付きました。


驚くことにみどりさんは「わたし?」と自分を指さしたのです。
私たちは首がもぎれるかと思うほどの勢いで首をうんうん縦に振りました。


理解したみどりさんが両手でぶんぶん手を振ってくれました。
私たちも両手がもげるかと思うほど手を振りました。


エキシビションでは伊藤みどりさんが特別ゲストとして「さよならの向こう側」を滑ってくれました。
引退発表後、みどりさんが名古屋のホームリンクの引退式でたった1度だけ滑ったプログラム。
当然その場に居合わせた人間しか生で見られていません。
そのプログラムを、NHK杯のエキシビで、みどりさんが滑ってくださいました。
曲が始まっただけでまだ滑り出してもいないうちから、みどろは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていました。


初めてのNHK杯の思い出はもう、「伊藤みどり」に尽きます。

そこをきっかけにして、翌年のNHK杯、幕張の世界選手権、プリンスアイスワールド、初期のファンタジー on アイスと、みどろのフィギュアスケート生観戦が始まりました。


当時は今と違ってインターネットはありません。
スポーツニュースやスポーツ新聞に情報を頼りたい気持ちのときも、当時のスポーツニュースの主役は野球でした。
(Jリーグも発足前)
若い人たちは驚くかもしれませんが。
だから、生で見るしかないのよっ。



まあ一応、そんな時代であったということだけは、想像していただければ幸いです。
当時、フィギュアスケートをTVで見られることといえば
このNHK杯がシーズン初戦、次に全日本選手権、そこで選ばれた人が世界選手権やオリンピックに出場、という三試合がメインでした。
時々ヨーロッパ選手権が深夜に放送されることもありました(上位陣のみの1時間)。
また、世界ジュニアも、日本人の誰かがメダルを獲ったりすれば放送されることもある(日本人を中心の1時間)、という程度。
当時はまだ四大陸選手権という試合も、GPシリーズというくくりも存在しません。
毎年、NHK杯を本当に楽しみにしていました。



今や全米選手権すら生中継される日本。
シーズンinすると悲鳴をあげたくなるほど試合が続く日々に巻き込まれますが、それは幸せな悲鳴でもあります。
そんな今でも、変わらずに毎年NHK杯はやってきます。
これからも。
メイドインジャパンの、日本っぽさも濃いNHK杯。
これからも長く、楽しみにしたい試合です。




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2015/10/10

ハン・ヤンを探そう。Growl編

第2弾です。第1弾はこちら



D.O.が愛おしくてさー。
この愛おしさはハン・ヤンに対するものなのかD.O.に対するものなのか
わかんなくなってくるのよー




あまりに見すぎてスホさんはパトリックに見えてくるし、Suho



チャニョルはジンソに見えてきたよ。
Chanyol



2本目はEXOをスターダムの地位に押し上げた「Growl」です。
見ればハン・ヤンはすぐ見つかるんだけど、
画面が暗いし、全体を映すことを重視してるMVなので、
あんまり個人がフィーチャーされないから
「その瞬間」しかわからないかも。



はい、スタート

 
 
 

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2015/10/02

ハン・ヤンを探そう。Call Me Baby編

これは私の仕事だよな…?




「そうだ、お前の仕事だ間違いない。」




という天の声が聞こえたので。

PCかスマホからご覧ください。携帯のかたは「PCモード」で見てください。画像が正しく表示されません。

 
 
 
 

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2015/07/26

男子スケーターdeねこあつめ。

今や海外でも大流行の「ねこあつめ

このアプリを、古今東西男子スケータ名で遊んでみました♪

ねこあつめ…
ゴハンとグッズを置いておき
庭先に集まってきたねこたちを
ただただ眺めて癒される。
基本的にはそんなアプリです。

Koshiki


猫にはデフォルトで名前が付いていますが(例:まんぞくさんナド)、この名前は自分で変更することもできます。

そこでみどろは、猫が来るたび、その瞬間思いついた順でテキトーに男子スケーターの名前を付けることにしました。

「その瞬間思いついた順で」名前を付けたというのが非常に重要です。

猫は、自分がアプリを起動していない間に庭に来て、帰ってしまう時もあります。
つまり自分は会えてない(画面上で見れてない)けど、来たという履歴だけが残っていることも多いのです。その時の画面はこれ。

Mura0_2

来たのでこの画面(「ねこてちょう」)が表示されましたが、会えていないので顔がグレーアウトしています。
「性格」も「戦闘力」も「???」です。この子には「むらむら」と名前を付けました。
別の機会に会えると、やっと顔がはっきり表示され、性格や戦闘力も開示されるという仕組みです。

こんな感じで、性格がわからない内に名前を付けていったことで面白い「ねこてちょう」が出
来上がりました。

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2015/06/24

来シーズンの「みんな大好き」発表!

もう何年もやってることなので、最近改めて説明する機会もなかったのですが、
このブログでは選手に、みどろの独断と偏見による勝手なキャッチフレーズをつけています。

独断と偏見による勝手なキャッチフレーズです。


選手名の前に色文字で書いているのがソレです。



例) 21歳に見えないなんて言わないよ絶対 アンドレイ・ロゴジン




同じ選手はずっと同じキャッチフレーズの場合もありますし、毎年変わる選手もいます。
最近で一番長いのはアシュリー・ワグナーの「午後の紅茶」でしょうか。何年言ってんだよ…。






ここに1つ。
複数の選手がリレー形式でつないできたキャッチフレーズがあります。






「みんな大好き」






基本的にはニューカマーに付けていて、1シーズンに限定しています。
翌年になったらその年のニューカマーに付与するという仕組みでつないできました。
新しく出てきて印象に残る演技をし、その滑りがみんなに愛されたと感じられた選手に。




2010-11年 みんな大好き デニス・テン
2011-12年 みんな大好き ミーシャ・ジー
2012-13年 みんな大好き クリストファー・カルーザ
2013-14年 みんな大好き マイケル・クリスチャン・マルティネス




が。

ここに来て2014-15シーズンもマルティネスくんに続けて使ってしまいました。
継承してくれそうなニューカマーが見つけられなかったので。
ジンソは「彰生似」のインパクトのが強かったんだよ~。
滑りもクセがあって「みんな大好き」って感じじゃなかったんだよ~。


さて来季こそはマルティネスくんを卒業させてあげねばなりません。
できれば期待を込めて、いわゆるフィギュア新興国の選手に付けたいというのがみどろの希望です。
ご覧のように、カザフスタン→ウズベキスタン→フィリピン→フィリピンと来てます。


ニューカマーはいつも四大陸選手権で見つけてたのですが、今年は「これはっ!」と思う子に出会いませんでした。
ジュンヒョンはちょっと違うな。ラムくんも。
ブレンダン・ケリーくんは人気があるという意味で一番近いかと思ってますが、いかんせんニューカマーではありません。
むしろ中堅だ。困った。











…違う。











いるじゃん。






四大陸に縛られてるから見失うところでした。
「新しく出てきて印象に残り、みんなに愛されたと感じられた選手」
と基本に立ち返って考えれば。そしてフィギュア新興国。






来シーズンの「みんな大好き」はこの選手です











ダニエル・サモヒン(イスラエル)
Samohin



2014-15シーズンはジュニアを戦場としてましたが、シニアではヨーロッパ選手権に出場しました。
4回転も3Aも成功させてます。有望株。有望株。

ヨーロッパ選手権 フリー




四大陸勢以外から初の栄誉(栄誉なのか?)
拍手! 拍手!!


イスラエルといったらここ数年お尻むっちりのアレクセイ・ビチェンコ選手が出てきましたが、続けて出てきた若手はこんなに眩しい。


最初から最後まで体を大きく使って力いっぱい!デニスみたいでいいぞ!
妙にアツイのもマルティネスくんみたいでいいぞ!
ステップでは全力で荒ぶります。ミーシャみたいでいいぞ!
コーチはお父さんだ。ミーシャみたいでいいぞ!
でもミーシャ化しなくていいぞ!




来シーズンはシニアでGPシリーズ中国杯にも出場します!
ご期待ください。がんがれサモヒン! (サモハンではない)




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2015/06/21

跳んでまた跳んで イ・ジュンヒョン「4回転ジャンプ」挑戦状

フィギュアの記事を見つけたので。




韓国 SBSニュース 2015.6.16


やっと本当の韓国語のお勉強だ。デニスの記事は想定外でした


1:40程度の動画ニュースのナレーションが、そのまま下に書き起こされてます。

ジュンヒョンが4回転練習してるよーということと、浅田真央のGPシリーズ復帰についても触れています。

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2015/05/28

デニス・テン インタビュー Skating Chinaの記事

skatingchina.comにデニスのインタビュー記事がありました。

このサイトってなんでしょう? みどろは初めて見ましたが、とにかく他のインタビューの翻訳や引用記事ではなさそうでしたのでご紹介します。

英語にしたページはこちら

そしてこの両ページを参考にしながら韓国語に訳してくださった人がいて、そのページがこちら

と、いうことで、中韓英の3つを見ながら日本語にします。


超絶な意訳です。


中→韓→日が基本の流れ。英語は繋がりが不明な時の参考にしたので、ツッ込まないでね

あくまでもみどろの韓国語のお勉強の域を出ません。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

・タイトルが英語の翻訳そのままだったので修正しました。(英語記事そのものが、だいぶ意訳に感じます。訳してない文章も多い…。)
( 青字 )で書いてあるのは補足です。原文にはありません。

 
 
 

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2015/03/21

やっと終わる。。。



止まりすぎですよね。さーせん。


全日本てw 年末やん。1月から更新してないとは。

スケオタ死の舞踏の1月から、2、3月と何をしてたかといえば





東方神起 5大ドームライブツアー 「WITH」

With



があって博多~札幌~名古屋~東京~大阪と飛び回ってました(え、知ってるって?!)

あと残すは4/1、2の東京ドームのみになりました。
キツかった…。疲れた…_ノフ○ グッタリ
やっと終わる…。←楽しいのか辛いのかわかんなくなってるw

これが最後なんだべ。どう考えても最後なんですよ。
だからスケートより優先しました。

そして、別途東方神起のブログも開設してたんですが、こっちもずっと更新止まりっぱなしだし、大事な記事だけこちらに移して、閉鎖しようと思います。
この後数記事投下されますので、お知らせまで。

以下はそのつれづれ。



 

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