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カテゴリー「07.Greatest Skaters」の記事

2010/02/15

Greatest Skaters「デイヴィッド・リュウ」

ちょっと異色な選手を取り上げます。これはバンクーバーに出発する時にUPしようと決めていました。

88年のカルガリーから本格的にフィギュアを見始めて、次の五輪、アルベールビルは、そのためにBSに加入して最初から最後まで全部見るという見方を初めてした五輪でした。
あ、フィギュアだけですけど。

デイビッド・リュウを知ったのはその時。

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2009/08/10

Greatest Skaters「カタリナ・ヴィット」

今でもその名を語り継がれ、TVやアイスショーでお色気ムンムン(<死語)振りまいていたこの伝説のスケーターは、全世界が認めるまごうかたなき

「永遠の銀盤の女王」
(プロスケーターとしても2008年引退)

・・・とみどろは思っているけど、考えてみると安藤美姫も浅田真央もリアルタイムでは彼女を知らないんだよね。そう考えるとちょっと驚く。
もう有名すぎて今さら紹介するまでもないのは、カルガリーでの「カルメン」

はい、みなさん。これが「カルメン」の正解ですよーーー。


これが画期的だったのはカルメン=ヴィットがばっちりはまった+ヴィットの演技力、ということ以外にもあります。
当時シングルのフリープログラムといえば、ただ曲をつなげてそれに合わせて演技を行うということが多かった。出だしはインパクトをもって。途中でスローパートが入り、最後の1分は盛り上がって終わる曲を持ってくる、といった感じで。ある意味、今見てもつまんないよ(笑)
でもヴィットの「カルメン」、さらに男子のボイタノ以来、1つの曲を使って物語仕立てにして構成するプログラムが増えました。男子も女子もこれを境に格段に面白くなったのです。
そういう意味でもヴィットやボイタノは伝説のスケーターです。
この五輪後、「カルメン・オン・アイス」という映像作品も作り出されたくらいで、それについてはこちらで取り上げました。


ヴィットの演技に戻ると、フリーが伝説すぎて忘れられがちですが、SPも素晴らしかったんですよ、このときは。むしろ私はこちらの方が好きかもしれない。

タップダンスに見立てたストレートラインステップを最後に持ってきていて、リンクの端で終わる構成。これはヴィットでなければ滑れない!! 
また、リンクに出て行く前の女王然としたふてぶてしい態度がイイでしょ。ミューラー(コーチ)の言うこと全然聞いてない!w
オリンピックの金メダルがかかった演技の前だよ。しかも連覇がかかってるんだよ。一番ナーバスになってピリピリするはずのあの場面であの余裕(見た目には)はヴィットでなければ出せないわ!


彼女のキャリアにとっては「オマケ」の印象も強いですが、一度1994年のリレハンメル五輪で現役復帰してます。
SP「ウィリアム・テル」

ミューラーコーチ、老けた!そしてヴィットは変わらずふてぶてしい!w


フリー「花はどこへ行った」

この年からプロの復帰が一度だけ認められ、ヴィットのほかにもペアではゴル&グリ、ミシュクテノク&ドミトリエフ、男子はボイタノ、ペトレンコ、アイスダンスはトービル&ディーンが復帰して出場しました。もう、名前書いてるだけでクラクラしてくるよ。全員伝説のスケーターやっちゅーねん。どんな五輪だよ。


技術的なことを言い出すと、寂しくなるのであまり語られません。もちろんステップ、スピン、そもそものスケーティング技術はみな確実ですよ。ただ、ヴィットは現役時代、5種類あるトリプル・ジャンプのうち、2種類しか飛べませんでした。あとはダブル・アクセル。その3つと残りはダブル・ジャンプだけで五輪2連覇ですよ。ま、そういう時代だったんだけどさ。


けれど今回この記事を書くために改めてヴィットの演技を見直すと、今年キム・ヨナが不可解ながらも世界チャンピオンになったことを思い出しました。この時代ですらすでに、ヴィットの演技にはケチつくこともあったんですよ。「あんな内容で優勝しちゃっていいのか?」的な。当時は伊藤みどりやエリザベス・マンリー、デビ・トーマスなどはすでにヴィットの技術を凌駕していたんですから。
それでもヴィットの演技は特別なものをもっていた。ヴィットがパーフェクトにやればヴィットに軍配、という流れがあった。ただ手を挙げるだけ、振り向くだけの動作ですら、動きに無理がなく、曲と同調している。「その曲にはこの振付と動きしかありえない」と思えるほどの自然な流れ。これは十分評価に値することなのだと思います。誰でもできることではない。
その姿は今年のキム・ヨナの「死の舞踏」にも見ることができます。


本人としても、ジャンプ一辺倒のスケートが好きではないらしく(てか、認めたら自分を否定することになるからかもしれないが)毎年世戦後にはコメントを求められ、あーだこーだと苦言を呈していて、最近はちょっとお局状態になりつつある(笑)
確かに「飛べば勝てる」式の美しくないスケートはみどろも見ていて好まない。でも、全員がヴィットみたいな演技でいいかと言ったら、「それはプロのショーで見せてよ」と思う。アマチュアスポーツなんだしさ、日々研鑽していく選手の姿にシンクロする気持ちもわかってほしいかな。


余談ですがmixiのあるスケートコミュで、曲で区切ってベスト演技を投票で決めようという企画があります。たとえば「ロミオとジュリエット」というお題なら、過去この曲を使って滑ったプログラムで何が一番よかったかをみんなで投票するもの。男子・女子・ペア・アイスダンスを問わず。
そこで「カルメン」がお題だった時、なんと1位は安藤美姫の「カルメン」(2007-8シーズン)でした。
フィギュアは最近爆発的にファンを増やしていますので、ヴィットの演技を知っている世代が数としては少なくなってしまっているのを実感したとともに、安藤のカルメンがそれくらいの名プログラムであると認められたことは嬉しくもありました。


「カルメン」は1つの正解が出てしまっているからこそ、難曲。


けれど選手や振付師たちのたゆまぬ試行錯誤の末に、こうやって新たな名プログラムは生まれていくのだ、という事実は希望を生みます。「ボレロ」もいつか、トービル&ディーンの演技を超えるプログラムが出てくる日が来るだろうと思っています。

2008/11/27

Greatest Skaters「太田由希奈」

もう年代的順番がぐちゃぐちゃになってしまうけど、いきなり太田由希奈です。


昨日付けで発表された太田選手からのメッセージです。


つーかもうある意味ランビよりショック。orz
ゆーてもランビは天下を獲ったことがありますし、「引退もやむ無し」の感もあるが、太田選手は「もう一度!」「もう一度!」の希望を捨てきれなかった。みどろ自身が。


彼女の魅力は美しさ!
現在の現役スケーターの中で、キム・ヨナよりも、浅田真央よりも、誰よりも氷上で美しいのは太田由希奈だと今でも本気でそう思っています。


そしてもうぶっちゃけ、好きか嫌いかの主観バリバリで言ってしまうと、歴代の女子スケーターの中でもダントツの表現力ですね。
カタリナ・ビットとはタイプが違う。ミシェル・クワンよりもクリスティ・ヤマグチよりも、陳露よりも、みどろが「表現」について一番好きなのは太田由希奈です。


あくまで主観なので、古今東西、全体を見通してどうこうという話ではなく。
日本人の美意識を余すところなく体現してくれる選手だったと思います。
唯一、主観ではなく確実に言えることがあるなら、レイバック・スピンの美しさは、間違いなく歴代世界最高ということです。


華々しい戦績。まずは2002-2003年シーズンJrグランプリシリーズファイナル優勝。
続けて全日本にはわずか3日でシニア向けにプログラムを作り変えたにもかかわらずの神フリー。

さらに続けて世界Jr選手権で優勝。

「日本に太田由希奈あり」の感を強くしたシーズンでした。


シニアデビュー1年目の2003-2004シーズンも四大陸選手権で優勝!

(コメンテーターがうるさくて、途中で見るのがつらくなる…!どこの国にもうるさいコメンテーターはいるんだなぁ…。)

きっとトリノはこの子が旋風を巻き起こしてくれるだろうと、みどろのみならず、関係者も期待を寄せていたと思う。この時点では。


その後ケガに泣いてこの演技を最後に表舞台から姿を消します。
2004年スケート・アメリカ フリー「マダム・バタフライ」

一時はその演技力の高さからアイスダンスへの転身をすすめられたことも。だけど彼女はまだあきらめなかった。
みどろもトリノ代表選考のころ「日本にはまだ太田由希奈がいる」と書いてます。


2004~2006の2シーズンを棒に振って、トリノ後、2006Diamond Iceで涙の復活。

DOIの演技も涙ものでしたね!


うっかりしがちですが、彼女が活躍していた2002~2004年ごろってトリノ前ですからね!日本国内でフィギュアスケートはそんなに盛り上がっていなかった上に、とうとうTBSが全日本や世選の放映権を投げ出すという不況の真っただ中でもありました。


ところがトリノ、荒川静香の金メダルで状況は一変します。
彼女にしてみれば故障を乗り越え復活してみたら、新採点方式に切り替わっているわ、日本はスケートバブルに沸いているわ、大変な選手人生だったでしょうね。
旧採点時代の選手でも、たとえば村主さんは今でも続行できていますが、それは「続けていたから」という点も大きいと思います。徐々に新システムに合わせていくのと、ある時を境に切り替えなければならないのとでは全然違うでしょう。
彼女にとっては復帰してみたら、「かつてのフィギュアスケート」とはまったく違う競技にすら思えたのではないでしょうか。


その後は全日本やショーで演技を見ることができ、みどろは「なんとかもう一度!」だったり「いや、滑っているだけでうれしい」だったり、いろんな気持ちがない混ぜになりながら見ていました。


昨シーズン全日本のSPは素晴らしいものでした。今となってみればこれが彼女の選手人生の集大成だったでしょうか。
改めてSPに作り直した「マダム・バタフライ」


この年齢(当時21歳)で、世界中のだれがこんなマダム・バタフライを滑れるでしょう…!
気高く品があり、それでいてはかなげな、まさにマダム・バタフライ=太田由希奈という人そのものを表現した忘れられない演技です。


これからも選手でなくとも、彼女の演技を見る機会がありますように。
そして今後の彼女の人生が幸多いものでありますようにと願ってやみません。


2008/09/26

Greatest Skaters「ブライアン・ボイタノ」

お待たせしました。このコーナーです。なんせボイタノだからさ。慎重になりましたよ、ええ。下手なこと書きたくないし、かと言って書き残したくないし(^^ゞ


ボイタノ、ボイタノ言ってますが、実のところみどろはボイタノのアマチュア時代の演技は86年のものと、88年カルガリー五輪のものしか知りません(爆)
本格的に見始めたのが88年カルガリーからだからさ。
みどろがカルガリーを見ていた時点で、もうボイタノは伝説の選手でした。それは女子のカタリナ・ビットと同様に。
この試合は好敵手:ブライアン・オーサー(現:キム・ヨナのコーチ)もいて、男子は「ブライアン対決」で盛り上がっていた五輪でした。
ボイタノはこの五輪を完璧な演技で制したことで、その伝説をさらに強固なものにした選手なのだと思います。それもまた、カタリナ・ビットと同じように。


だってオリンピックの本番よ!?
どの選手だって緊張して当たり前、必死で当たり前の舞台で、SP、フリーともに帝王然としたノーミス演技。
ソルトレークのアレクセイ・ヤグディンはSP「Winter」、フリー「仮面の男」で金メダルを決定付けましたが、まさにあれと同じことが、その14年前のカルガリーでも繰り広げられていたのです。ヤグディンvs.プルシェンコの戦いと、ボイタノvs.オーサーはまさに匹敵する好勝負だったと思います。


SP:

これはウマいプログラムですよね。。。
SPは入れなければいけない要素が決まっています。振付や要素の順番、要素の難度を自分で決められるだけで、どの選手も実は同じ内容を滑っているのです。それは逆に言えば「俺はもっと難しいことができるのに・・・」と思っても、それは入れられないということでもあります。入れてもいいけど下手すると減点、そこまでいかなくても採点上はノーカンです。
けれどこのプログラムは「俺はもっと難しいことができるんだぞ」ということを要素に絡めて見せていて、それは彼の実力を審判に示せると同時に、採点にもきっちり反映される形で取り入れているというウマいプログラム構成です。

●要素の一つ、「ステップからのジャンプ」は片手を挙げた「タノ・ジャンプ(※)」にして加点。
●当時のルールではコンビネーションはループ・ジャンプを絡めることが必須とされていて、彼は3A+2Loという当時の最高難度のコンビネーションを入れています。
●1"15辺りからその後1分近くは、スピンが3つ続く(つまり体力的に休んでいる)のに、そう感じさせないよう間を細かく細かく、難しいステップでつないでいます。このステップは要素としての加点はありませんが、プログラム全体の印象で加点されますね。
●さらに3つ目のスピンはボイタノのトレードマーク、「これでもかっ」というくらいのデスドロップスピンです。今もって、これ以上のデスドロップスピンをやる選手は見ていません。
●プログラム一番最後のジャンプで必須要素のアクセル・ジャンプは、イーグルからそのまま踏み切り、さらに着地姿勢で腕を組んでいるという加点要素を加えています。
(これは最近の選手だとキム・ヨナが、イナバウワー~2A~着氷時に腕を組む、ということをやっています。今では女子でもやれても、20年前ですからね! 当時は男子でも珍しいことでした。)



そして何より、スケーティングの質も高い。ただ滑っているだけ(ラン=run)に見えているところも、よく見ると一蹴り一蹴りを、曲にあわせて踏んでいます。この辺が一流の選手かどうかの分かれ目ですね。
スケートの刃についた氷を取って投げ捨てる振り付けは、ヤグディンも真似してますね。
★オマケですが、動画の最後にペトレンコ(ウクライナ・アルベールビル五輪金メダリスト。昨年はジョニー・ウィアーのコーチをしてました。)も映ってます。若いよ! お楽しみに♪



※タノ・ジャンプ=ルッツ・ジャンプの回転中に片手を挙げる跳び方。ルッツは高難度のジャンプ。ボイタノの名前をとってこう称されました。貼っているフリーの動画の冒頭で跳んでいるジャンプです。




フリー:「ナポレオン」つまりベートーヴェンの「英雄」



スポーツ選手を称するとき、「記憶に残る」選手か、「記録に残る」選手か、という言い方があります。
ボイタノは「記憶に残る」選手です。オーサーは「男子史上初、五輪でトリプル・アクセルを決めた選手」として「記録に残る」選手であるのに対して。何のギネス記録ももたないが、オリンピック・チャンピオンは紛れもなくボイタノです。


ボイタノが素晴らしかったのは、このカルガリー後、プロに転じてからも、北米のショービジネスとしてのアイス・ショーを牽引すべく、アマチュア時代よりさらに研鑽を積んだことです。
もちろん技術は遅かれ早かれ落ちていきます。アマチュア時代の技術力を維持するのは至難の業です。
だけど、観客が見たいと思っている「ボイタノの演技」のポイントを、必ずどのプログラムでも外さず、「そこだけは」絶対にアマチュア時代と遜色のないものを見せていくのだ、という姿勢を感じさせてくれました。
タノ・ジャンプしかり、「これでもかっ」というくらいのデスドロップしかり、「オレを見てくれー」とでも言いたげなスプレッド・イーグルなどなど・・・。


観客はプロの試合を見ていてさえ、カルガリーでのあの完璧なボイタノを思い出さざるをえなくなるわけで、否が応でも盛り上がる演出。
彼は自分で自分を伝説と化すことに成功したのです。



「揺るがない、元祖・銀盤の帝王」
それがみどろがもっている、ボイタノに対する印象です。


ボイタノについてはカタリナ・ビットのエントリでもちょこっと触れたいと思います。

2008/05/06

Greatest Skaters 「クリストファー・ボウマン」

「Bowman the showman!」「エキシビチャンピオン」
と紹介されたこともある、やんちゃ坊主ボウマン。

本来のこのコーナーでは取り上げる選手かどうか当落ライン上にいたんだけど(チャンピオンになっていないので)今まずシングルのはじめに彼を取り上げたいと思います。
今年の1月、40歳の若さで薬物の過剰摂取と見られる状態で遺体で発見されました。
みどろがそれを知ったのは遅くて、3月末くらいだったんだけど、今でもショックが大きいです。
大好きだったんだよね、ボウマン。。。
つーかこれ書きながら「マリア」を見てたら本気で声をあげて泣きそうになりました。

ハリウッド出身。子どものころは子役としてTVで活躍していた時期もあったことが当時から紹介されていて、さもありなんと思える天性のショーマンシップ・サービス精神。ハジけた時のやんちゃぶりとノッたときの演技の爆発力は感動を呼び、人気のある選手でした。実力的にはトリプル・アクセルを苦手としていたこともあり、「メダル争い以上・優勝未満」の位置につける選手でした。
92年アルベールビル五輪(4位)をもって引退。

ちょっと珍しいけど、エキシビの演技を中心に紹介したいと思います。
89年のEX

90年のEX

91年のEX

92年全米でのEX

そしてこれはそれらより古いナンバーですが、「マリア」

(うまく表示されない場合は直接http://jp.youtube.com/watch?v=qMRW1HmNiVIへ)
私にとって、ボウマンの演技はエキシビでの数々と、この「マリア」です。

若い青年にしかないような特有の姿を氷上で表してくれた選手だったと思います。
若くて血の気も多いけど、底抜けに明るくて人気者・お調子者。けれど心の中には無防備なほどのピュアさを抱えていて、説明のつかない苛立ちや焦燥感も隠せない。そんな悩み多き青年像を、そこにいるだけで体現している稀有な選手だったと思います。
映画スターでいったら、ジェームス・ディーンとか、リバー・フェニックスとか・・・。

実際当時から選手としては「問題児」って評判もあり、また薬物疑惑も当時からありました。
メダルを期待されたアルベールビルでは4位と惜敗。かわりに同じアメリカのポール・ワイリーがメダルをとって明暗が分かれてしまいます。

引退して数年してから薬物所持で逮捕され、その後体を直してちょっとずつ表舞台に出てくるようになりました。
ところが・・・!


だ、誰だよ、お前!(笑)

あんなやんちゃボーイが、こんなメタボオッサンに・・・!
まったくこりゃ、衝撃映像だぜ!!
その後もたまに、アメリカの放送局の解説とかで映ってるときがあったんだけど、みどろ的に視界から遮断。「あー、見たくなかった」とがっかりしていたここ数年でした。

最後まで薬物と縁が切れなかったのかと思うと悲しい。
Youtubeのコメントでは子どものころから母親の虐待があったと書いてる人もいるけど真相はよくわかりません。
まさにアメリカの光と影を見る思いです。
ショービジネスの華やかさ・成功者の栄光。
けれど薬物や銃が簡単に手に入り、いつでも簡単にそこに落ちてしまう危険性とも隣り合わせ。
そういえばリバー・フェニックスも薬物でしたかね。

どんな姿になっても、あの明るくて楽しかったボウマンが今でもどこかで生きていると思うのと、もうどこにもいないのとは全然違う。
I miss youってこういうとき使うのかな。日本語ではうまく言えない。
残念です。
Youtubeでは試合の演技もたくさん落ちてますので、興味があったら見てみてください。

2008/04/12

Greatest Skaters 「申雪&趙宏博」

 

(現地読みではXue SHEN, Hongbo ZHAOです。)

世界選手権が終わったら書くことなくなっちゃってさ(笑)
この連載をそろそろ復活するべ。けど!
よく考えたらペアについてはもう、この2人以外取り上げたい組がいないことに気づいたよ。いや、もちろん素晴らしいチャンピオンが他にもたくさんいました。けれどそれは「ソ連時代の遺産」的なペアが多かったように思うのはわたしだけだろうか。


あれだけのスポーツエリートたちを輩出してきたのだから、ソ連は確実なメソッドやノウハウをもっていたでしょう。東側諸国の崩壊後、コーチや選手たちが分断され、あるいは流出し、今ロシアはフィギュアの世界においては過渡期にあります。ただ、95年以降もトリノまでは、かろうじてかつての遺産で食いつないでチャンピオンを送り出してきたという印象があります。
シシコワ・ナウモフ
エルツォワ・ブシュコフ
ベレズナヤ・シハルリドゼ
トットミアニーナ・マリニン
ペトロワ・ティホノフ

いずれのペアも往年のソ連ペア、ワロワ&ワシリエフの流れを汲むように思えてならない。
同じソ連だったのに、ゴルデーワ&グリンコフやミシュクテノク&ドミトリエフの流れを汲む選手が出てこなかったのがファンとしては寂しい。唯一例外はドミトリエフがパートナーを変えただけのカザコワ&ドミトリエフペアくらいか。


この書き具合からも想像できたかもしれないけど、これらの「ソ連的なペア」の演技が、みどろは実はあまり印象に残っていないのです。
技術も芸術性も確実。ソロスピンなんて恐ろしいくらいの同調性。けれど2人とも無表情で終始つまらなそーに滑っていて、どんだけすごいことをしてても、素晴らしい演技をしてても、こちらに訴えかけてくるものをわたしは感じられなかった。スポーツなんだけど、やっぱり「下手でも一生懸命」とか、「滑る喜び」とか、「自分たちのプログラムを見てほしいという情熱」とか、そういうものも見たいんだよね。
途中からはロシアのペアたちに、「勝たねばならない」という悲壮感すら感じるようになってしまった。


かつての王国が衰退の一途を辿る一方で、台頭してきたのはなんと中国でした。
今でこそ男女シングルではアジア勢の活躍が目覚しいですが、そもそも競技全体として、アジア人がメダルを獲ること自体が珍しい競技です。日本人だけでなく、アジア人全部を列挙しても10年前の時点でメダルを獲った選手は
佐野稔
渡辺絵美
伊藤みどり
陳露
佐藤有香

これで全員ですよ。約100年の歴史をもつ世界フィギュアで!(本田武史や村主章枝はそれ以降)中国人は女子の陳露ただ1人。フィギュアでアジア人といえば日本くらいしかいなかった時代に、中国人? ペア? えぇ?(笑)
なんて思いながら初めて観た申雪&趙宏博ペアの演技は「雑技団?」(笑)のようなアクロバティックなものでした。


すんごい古い映像見つけたので貼っときますね。

でもこのときからやっぱり才気を感じさせますね。スロージャンプが決まったときのダイナミックさは右に出るものがいないと思います。スピードもすごい。


彼らの特徴はそういったダイナミックさ、スピードという技術面と、精神力の強さもあったと思います。
 一つのミスで全体がガタガタにならない。
 ショートでミスしたらフリーで取り返す。
などなど、いい意味でも、悪い意味でも毎回気迫がこもっていました。
途中まではその技術力を前面に押し出して、順位もグイグイ上げてきますが、やはりメダル争い・優勝争いとなると一歩、評価が出切らない時期もありました。


こういう競技で、歴史を覆していく苦労を彼らは長いこと我慢しました。決して投げ出さずに。
最初のころはより大技、より難易度の高いこと、と自分たちの武器をさらに強めることでその壁を突き破ろうとしていた様子が見受けられましたが、みどろは内心「そこじゃないんだ」とジリジリする思いで眺めていたこともあります。
演技力だって決して悪くない。毎年ドンドンよくなる。あとちょっとなんだから、難易度を上げるよりも、そのあと少しの繊細さをものにすれば、必ず勝てるはずだと、直接本人たちに会って言ってあげたいような気持ちのときもあった。<余計なお世話(笑)


それで彼らは、得意のスロートリプルサルコウを、スロークワド(4回転)サルコウにしようとするんですね。2002年ソルトレークのフリーではその大技に挑み、着氷までしたけどそのあとスリップしてしまい、3位に終わりました。この五輪でのペア競技は、例の審判買収騒ぎで金メダルを2つ出すという異例の事態があり、世の中はその話題で持ちきりでしたが、みどろは「どうせなら間をとって申雪たちに金メダルをあげればいいのに」と冗談だけど思っていました。


そして転機は2003年にきました。
この年もスロークワドサルコウを「飛ばなければ」と躍起になっていた彼らでしたが、ショートで申雪が負傷。フリーには出てこられるのかどうかと周囲も観客も心配する状態で、登場してきます。負傷があるためスローサルコウは4回転ではなく、3回転にしましたが、前年(ソルトレーク)と同じプログラムだというのに、まったく違って見えるような素晴らしい演技で世戦で優勝します。

みどろ、何回見ても泣くんです、これ。2回も3回も続けて見ても、2回目も3回目も泣くんです。ペアの演技で泣くのはこれだけですね。みどろにとって「トゥーランドット」はトリノの荒川静香ではなく、この演技なんです。
男性の趙が良くなったんだよね〜。ただ走って跳んで、走ってリフトして・・・みたいな演技だった彼らが、細かいところまでステップやムーブメントを組み入れ、細やかな表現が最後まで尽きない名プログラムだったと思います。


これ以降も昨年まで、ずっと現役で後輩たちを引っ張り続けました。今や中国はペア王国です。
昨年のプログラムも秀逸でしたね。このプログラムはジャンプやリフトではなく、ステップや振り付けが見所なんです。

ペアはゴルデーワ・グリンコフ組が最高峰。それはこの先も変わることはない、と本気で思います。けれど申雪・趙宏博ペアは「切り拓いていったチャンピオン」というか、ゴルデーワたちのように生まれながらに選ばれたスケーターではなかったのに、決して現状の自分たちに満足しない向上心と努力でここまできた、やはり史上最高の歴史に残るペアだと思います。


さてペアはここまで。
次は男子(ボイタノ/オーサー〜)にいこうか、女子(ビット〜)にいこうか思案中。
どちらがいいか、リクエストがあればお寄せください。

2007/09/03

Greatest Skaters 「コバリコーワ&ノボトニー」

「チェコのスケーターはいい人」伝説。

ほんとはこの2人って、ここで取り上げるほど何か特別な特長や戦績があったわけではないのよね。もちろん95年の世選チャンピオンで実力があることは確かなんですが。
個人的に好きだったから取り上げる、以外の理由は無いです(笑)

なんで好きだったかといわれれば、すでにG&Gペアの演技は観られない頃に出てきて、2人のもっている雰囲気がとてもG&Gに似ていたからです。女性のラドカの可憐さ、2人の間に流れる信頼関係など。「ミニ・ゴルグリ」っつーか、本家がBOφWYならこちらはGLAYっつーか、ユニコーンに対するジュンスカ、っつーか、(あぁ例えが古い)菊池桃子に対するデビュー時の西村知美つーか。<もっとわかんねーよ。
とにかくそんな感じ。(強引なまとめ)

アルベールビルでの演技。


ね、なんか一生懸命やってて立派でしょ。好感をもつでしょ?
一つ一つの技術を見ると、どうしてもG&Gより格段に見劣りしてしまうのだけど。でも雰囲気はやっぱり似てる。スターライトリフトのとことか。

93年世選のTP。

いや、特にこれ、そっくりよ。髪型や衣装まで。ゴルデーワの妹かと思う。
男性(ノボトニー)がゴッツくないのも、いいのよね。

94年フリー。

どんなときも最後まで諦めずにちゃんと滑りきって、終わってからもお互い慰めあって笑顔で挨拶する。
そーいう真面目な態度も好きです。

彼らのそんな、いつもにこやかで穏やかなところも好感度をUPさせました。
この少し前に男子のチェコ(当時はチェコスロバキア)の選手で、アルベールビルで銅メダルを獲ったペトリ・バルナ(日本語表記)という選手もいて、彼もその人柄の良さがにじみ出ているような演技をする選手だったため、コバリコーワたちが出てきた頃、ファンの間で(つーかみどろの周りで)にわかに「チェコの人たちはいい人だ」という評判が高まったのを覚えています。
すげー、ざっくりとした括り(笑)

そして皆さん。
今年の世選の男子フリーで大きく話題をさらった選手を覚えているでしょうか? 出場選手中ただ1人、4回転を2回とび、エキシビでは「日本」と書いたハチマキを逆さに締めてピンクパンサーの曲で楽しませてくれたトマシュ・ベルネル

彼はチェコの人だーーーーーー!!

いい人伝説、最強。
チェコの人はいい人だ。はいっ、皆さんも一緒に。「チェコの人はいい人だー!」

2007/08/18

Greatest Skaters 「ミシュクテノク&ドミトリエフ」

どうよ、この舌噛みそうな長っげー名前!ww

G&Gペアの充実期、90年に出てきて、絶対エースであるG&Gが居なかったアルベールビル五輪で金メダルを獲り、「ペア王国ロシア」の名前をかろうじて繋いだ功績のあるペア。男性のドミトリエフは息の長い選手で、後年はパートナーを変えて「カザコワ&ドミトリエフ」として長野でも金メダルを獲っています。

ただ、カザコワと組んでいたときの演技より、ミシュクテノクと組んでいた頃の方がいい演技だった気が個人的にはする。
というのも、このペアは独創的な技をいくつかもっていて、それはミシュクテノクの体の柔らかさを生かしたものであったことが特長だったからです。
スパイラル、開脚姿勢、デススパイラル、そして何と言っても男性の頭と女性の頭の位置が180°くらい開くコンビネーションスピン!
もう、ミシュクテノクはどっちが頭でどっちに回ってんだか、見ててもわかんなくなりそう(笑)

それから女性がリフトから降りてくるときに、ぐるぐるっと男性の体を回って降りてくるところも見所。リフトの「降り」でこういう工夫を入れるようになったのは、彼ら以降流行った傾向と記憶します。

デビューは元気のいい、才気を感じさせるはつらつとした演技で3位。

OPがまた素晴らしかった!


ド・・・ドミトリエフが若い!! ヘンなところに感動した。
みどろもこの2人の演技を観たのはこのときが初めてで、「あ。この2人はいずれチャンピオンになるな。」と予感させる雰囲気をすでにもっていました。

まだそういう段階だったのに、この年をもってゴルデーワ組が引退してしまったため、いきなり翌年のチャンピオン候補になってしまいます。その年のプログラムは素晴らしかった。ゴルデーワ組が抜けた穴を、きっちり埋めてくれたな、という印象をもちました。

「愛の夢」


独創的で、他の組がやっていないことをやって勝負していこうとする傾向を、この2人には感じていましたが、このクラシックの名曲の雰囲気を壊すことなく、且つ自分たちの特長は出し切った名プログラムと今でも思います。どちらかといえばこんなゆっくりしたクラシックには合わないペアだという印象をもっていたので。実はゴルデーワ組やミシュクテノク組に隠れて、ずっと2位3位に甘んじてしまったイザベル・ブラスール&ロイド・アイスラー(カナダ)というペアもいて、彼らにも頑張って欲しい気持ちをみどろはもっていたのですが、このプログラムを見て「ん〜、仕方ない。」と思いました。

アルベールビルでも金メダルをとって引退。
その後、ゴルデーワ組同様、リレハンメルで復帰してきます。
ナゼ・・・? って思ったけどね(笑)
だってオリンピックの金メダルがほしいなら、もうアルベールビルで獲ってるし、連覇したいなら、ゴルデーワたちが戻ってくるこのオリンピックでは無理だ。とみどろは考えたので。
予想通り、彼らは銀メダル。ロシアの強敵2組がいなくなって93年にやっとチャンピオンになれたブラスール組は銅メダル。ブラスールたちって、ほんっとに可哀想なのよ(笑)

「ミシュクテノクたちはなんでこの五輪に復帰してきたのかな・・・?」と疑問をもって観たみどろでしたが、フリーでの演技とその後のインタビューを見て、やはり彼らも勝ちたい! ゴルデーワ組に勝って金メダルが欲しい! と思っていたのかもしれないと思いました。

とても挑戦的なプログラムであることにまず驚きました。挑戦的=ルールに抵触しかねない箇所が、みどろが気づく限りでも3箇所あります。
1)終盤、ステップに入る前、女性が男性の背中上で一回転してしまっている。
 →少し失敗気味なところもヒヤヒヤする。
2)コンビネーションスピン後、ドミトリエフが衣装を引き裂く(演出として)
3)本当にラスト、ドミトリエフが単独でジャンプ。

ただ、この演技は、ゴルデーワ組以上に喝采を浴びていました。そして細かい点を置いておくと、やはりミシュクテノク組が1位だったんじゃないかと思える内容でした。私はゴルデーワ組が好きで勝って欲しいと思って見ていたという贔屓目をのぞいてもやはりそう思えるのだから、、、うん。そうなんだろう。Youtubeのコメントでも書いてる人いるね。

アイスダンスのウソワ組のように、偉大なチャンピオンや強烈なライバルの影には、必ず泣いている選手が居ます。彼らも、ほかの時代だったら、ゴルデーワ組と同じくらいに語り継がれていてもおかしくないエモーショナルなペアだったと思います。

2007/07/22

Greatest Skaters 「ゴルデーワ&グリンコフ」

ペアも古い順に。最初にして最高峰が登場してしまいます。
この記事にはなんか、タイトルをつけたくなる。この2人には物語がありすぎて。つけてみるなら「ある愛の物語」っつー感じかな。

「エカテリーナ・ゴルデーワ&セルゲイ・グリンコフ」
歴史に残る、ペアの最高峰。冷戦時代のロシアが生んだ奇跡のペアです。
アイスダンスは、あれだけの組数紹介したけれど、それぞれがそれぞれに素晴らしく、結局どの組が最高峰かをみどろは絞りきれません。けれどペアはG&Gが最高峰であることを、恐らく2人の現役時代を知っている世界中の人が否定しないと思います。
今年の世選を見て、「申雪・趙宏博はG&Gと肩を並べるところまできたのかもしれない」と書きました。20年経ってもそれくらい色あせず、今でも記憶と歴史に燦然と輝いています。
そして、最後の方に書きますが、今はもう、二度と見ることができないからこそ、これだけ深く心に刻み込まれてしまったのかもしれません。

「奇跡」と言ってみたのは、容姿に恵まれていたこともあるからです。技術はいつか抜かれる日がきます。でもあの2人が持っていた雰囲気、優雅で柔らかで美しいユニゾン、これだけバランスのとれたペアというのは見ることができません。そして映画でもなかなか見られないくらいの美男美女。王子と王女が銀盤に降り立ったような華やかさ、品のよさ。
申し訳ないが、申雪・趙宏博は岸田今日子とトミーズ・雅に見えるときがあるので(笑)

みどろの偏見かもしれないけど、容姿がいい選手は技術が今一つ足りなかったり、技術が抜きん出ている選手は見た目や芸術性が今イチだったりすることが多い。特にペアは、男性の頭より上に女性をリフトしたり投げたりすることがOKなので、「女性はいいんだけど、男性がゴッツイ・・・」とか「女性はいいんだけど、男性の技術力が・・・(つまり力任せに大技を決めて得点を稼ぐために、それ以外の技術が置き去りになっているペア)」というのも多い。両方を兼ね備えていたのは本当に奇跡に思えます。

84年世界ジュニアでの演技。

高校生のお兄さんが小学生のいたいけな女の子を振り回してるみたいに見えるでしょ(笑)
ちょっとなんだかドキドキするっつーか、ヒヤヒヤするっつーか、あまりにもいたいけすぎて可哀想に見えてしまう?みたいな。
この「子どもと大人」みたいな映像、よく覚えておいてくださいね。

この2年後、2人はシニアの世選に初出場して初優勝してしまいます。大先輩のワロワ&ワシリエフを抑えて!

エカテリーナの体が一回り大きくなって、やっと安心して見られるバランスに落ち着いてきた感じです。
さらに2年後のカルガリーで金メダル。
SP:

完璧なユニゾン! ソロスピン、恐ろしい。
フリー:

ただ滑っているだけのところですら、こんなに揃っていて美しいのはナゼでしょうw
その上すごいスピードだし。

この2人はまだ若かったので、まだあと4年やるんだろうと思っていたし、本当にその後2年はちゃんと続けて、毎年勝っていました。
89年フリー:

このころが2人の充実期だったでしょうね。エカテリーナもぐっと大人になって、やっと「子どもと大人」には見えなくなってきました。

翌90年のフリープログラムは「ロミオとジュリエット」

そうよねー! この美男美女が揃ったら、演目は「ロミオとジュリエット」でしょー! やっときた! と言えるくらいにこの2人にバッチリはまったプログラムで、これまでの「ただ見ているだけで美しい二人」から、きちんとプログラムを演じる大人のペアになったターニングポイントでもあったとみどろは思っています。あの子どもだったエカテリーナには色気すら感じられるようになったし。衣装もイイ!よね。
ただ、この年はなんだかちょっとおかしくて、エカテリーナが絶不調。どの試合でも必ず大きなミスをする、という2人にとって試練の年でもありました。これはヨーロッパ選手権での演技ですが、これがこのシーズンで一番ミスが少なかった演技と言ってもいい。でも世選でも優勝したけどね(笑)

そして突如、これでアマチュアを引退してしまいます。
あまりに突然のニュースでびっくりしたし、もう大ショック!!でしたよ。
あとになってよく考えてみれば、この頃は東側諸国が崩壊した最中で、ロシアや東ドイツの選手の中には、練習が続けられなくなってそのまま辞めてしまった選手もいっぱいいました。もちろん万難を排して競技を続け、勝っていった選手たちもいましたけど、勝って国に帰っても、かつてのような生活の保障はないし、若い2人には大変なときだったと思います。

なので、2年後のオリンピック、アルベールビルに彼らの姿はありません。
2人は結婚し、一女に恵まれ、プロとして活躍していました。
けれどその後朗報が!
プロの復帰が解禁になったリレハンメルで、この2人が帰ってくるというニュースでした。
そもそも90年の引退が早すぎるくらいの年齢でしたし、出れば絶対に勝てる! 普通に続けていたら、カルガリーからリレハンメルまで五輪三連覇もおかしくない2人でしたから、みどろは小躍りして喜んでました。

夫婦となった2人の新たな挑戦。SPは「フラメンコ」

全盛期の、機械仕掛けかと思えるほどに揃ったユニゾン、に比べると乱れる箇所がいくつかありますが、技の入り口と出口に必ず繋ぎの要素やムーブメントを絡めてくる、高度で緻密でスキの無いプログラム構成はやはりさすが!の貫禄です。

フリー「月光」

トリプルツイストの高さ! 演技が終わったあと、リンク中央に戻ってもエカテリーナがずっとセルゲイに何か話しかけてるんです。ただそれだけのことでも、なんか胸が詰まるような気持ちで見ていました。もしかしたら「サイド・バイ・サイドのソロジャンプのとこ、失敗したでしょ」とかいう内容だったのかもしんないけど(笑)

結果はもちろん金メダル。これで私はこの2人を気持ちよく見送れる、という気持ちになりました。
途中お国の事情で辛い目にもあったけど、ジュニア時代から天才としてずっと注目されてきた二人の栄光のストーリー。ここまでならそう言えた。ところが。

リレハンメル後、再びプロとして活躍し始めた翌年、夫のグリンコフが突然の心臓発作で帰らぬ人となります。まだ28歳よ!

ABC制作の追悼番組

これ、涙なしには見られませんよ!

1人になってしまったエカテリーナの再出発の意味も込め、かつての男子チャンピオン、スコット・ハミルトン主催でグリンコフの追悼アイスショーが催されます。

(メンツがすごい。ハミルトンの人徳だね。プロのショーの放送なんて日本では当時ほとんどされなかったので、このある種個人的なイベントが放送されたというのは2人の人気を証明するかのようです。)
彼女だったら、シングルスケーターとしてまだ見たいという人も多いし、みんなもそれを応援したい。そういう温かい気持ちの溢れるショーで、最後にエカテリーナがマイクを持って「あなたの大事な人に『愛している』と伝えてください。」と涙ながらに語りました。まだ父親が死んだことを理解していないヨチヨチの小さな娘(ダリア)を抱っこして。
あのいたいけだった、可憐なエカテリーナに、天はなんて残酷なことをするのかと胸が潰れそうになりました。

今も、エカテリーナは数々のアイスショーで頑張っています。そして、いつも複雑な気持ちと祝福の気持ちとが入り混じるのですが、2002年に、長野五輪男子金メダリストのイリヤ・クーリックと再婚し、イリヤとの間にも娘が生まれています。
・・・ん・・・?
と思った人、間違ってませんよ! イリヤのが全然年下。エカテリーナがカルガリーで金メダルを獲っていた頃、イリヤはまだスケートを始めたばっかりの少年だったはずです(笑)

4人家族となった今のこの家族の幸せそうなインタビューや写真を見ると、これは良かったことなんだな、と女の実感としては思います。過激なファンだと、この件だけで「エカテリーナに失望した」とか言う人もいるのですが、そういう少し複雑な気持ちが混ざるのは、エカテリーナに現代稀有な、侵しがたい処女性を感じるからなのかもしれない。そしてそれはG&Gペアの演技を見ていたからこそ感じるのだろう。2人の演技は、圧倒的な信頼感やお互いへのリスペクト、愛情で貫かれていて、テレビで見ていてもその奇跡が全世界の人に伝わっていたということなのだと思います。

2007/06/23

Greatest Skaters 「トーヴィル&ディーン」

アイスダンスは、ここで終わりにしようと思います。

みどろがフィギュアを本格的に見るようになった時点ですでに、この2人は「伝説」でした。
1984年サラエボでの「ボレロ」

芸術点ですべての審判が6.0(当時の満点)をつけています。
最初に見たのは恐らく91年ごろ。まだみどろも若かったし、アイスダンスではデュシュネイ旋風の吹き荒れる頃だったので、「なぜこの演技がそんなに?」という感想をもちました。ただ、今は少し違う見方になっています。この単調な曲で、特に派手なことをするわけでもないのに、こんなに見れてしまうのはスゴイことですよね。最初から最後まで止まるところが無く、淀みが無い。

日本での話ですが、かつてTBSが全日本も世選も放映権を持っていた頃、番組のオープニングにボレロが使われることも多く、局が移った今でも、フジTVでのオープニングはやはりボレロです。
いつか書いたように、スケートの世界で「ボレロ」は下手に手を出してはいけないタブーの曲であるとともに、ここぞというときの勝負曲になりました。ボレロをそういう曲にしてしまったのはこの2人でしょう。

10年後の1994年リレハンメルで現役復帰して、エキシビで同じナンバーを披露しています。

違いを見比べて見るのもちょっと楽しい。

現役復帰したときのこの2人はとても好きでした。ウソワ組、グリシューク組の息詰まるような優勝争いの緊張感に比べて、肩の力が抜けていて、大人の余裕でしたし、プログラムもそんな感じ。スピードなど、若い現役選手に勝てるはずもないところでは勝負せず、熟練された安心して見られるナンバーでほっとしたのを覚えています。
リレハンメルでのコンパルソリー1「スターライトワルツ」

オリジナルダンス「ルンバ」

フリー


今見るとやっぱり、クリストファー・ディーンという人は、とても優れたスケーターだったんだな、と思います。デュシュネイ組の特徴のひとつに、男性にも目がいくように作られている振付という点がありますが(その振付の傾向はトーヴィル・ディーン組の特徴でもありました。)、デュシュネイ組と違うのは、ディーンはやっぱり圧倒的に技術があった、ということです。自然に男性にも目がいってしまうデュシュネイに対して、ディーンは自然にではなく敢えて、男性にも目がいくプログラムを滑っていたということ。

ここからは本当にみどろの想像ですが、失礼ながらトーヴィルという女性はそれほど見栄えのする女性ではありません。かわいくてチャーミングだとは思いますが。従来のアイスダンスのように、男性は女性をサポートして女性の美しさで勝負しようすると、ライバルたち、特にロシアのライバルには負けてしまいます。それで、男性が積極的に動く、あのスタイルを確立させたのではないでしょうか? 
目立たないけどちゃんと女性をリードしつつ、自分もしっかり動いていたディーンは、やはり特筆すべきスケーターなんだろうと思います。

さて。
これ以降はペア、男子、女子と続きます。まだまだネタはいっぱいあるよ(笑)
つーか「まず最初にサラっとアイスダンスを済ませて、、、」とこっそり考えていたのが大誤算。意外と俺ってアイスダンスについて言葉を持ってるジャン、と再認識するハメになりました。

最後に。
フィギュアスケートを見る人は、最後にはアイスダンスに行き着くというのがみどろの持論です。
日本ではまだまだシングル競技の方がやる方も見る方もメインですが、それは日本のスケートの土壌がまだ成熟していないということだと思います。
ジャンプも跳ばない、スピンもない、ペアのような大胆なスローイングもない。アイスダンスにあるのは、純粋なスケート技術と音楽の融合です。

日本にも、優秀な指導者が現れて、スターとなる選手が出てくればいいな、と思います。それが競技を成長させることの一番の近道だと思うから。
それまでほとんど不毛の地だった中国が、ペア競技では今や王国を築いていることを考えれば、出来ないことではない!
日本でもアイスダンスで世界と渡り合える日がくることを楽しみにしてます。

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